NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

『物乞い手の少年』

Мальчик с ручкой (1876)
F. M.ドストエフスキー Ф. М. Достоевский (1821-1881)
(2020年12月号掲載)

F. M.ドストエフスキー
F. M.ドストエフスキー

 『罪と罰 (1866)』をはじめ日本でも多くの作品で有名なドストエフスキーは、19世紀ロシアのリアリズム文学を代表する作家です。今回ご紹介する『物乞い手の少年』は『キリストのヨールカ祭に招かれた少年 (1876)』 とともに、ドストエフスキーが『作家の日記』を連載していた雑誌「市民」の1876 年1月号に掲載されました。

 クリスマス(※ロシア正教暦では1月7日)の前日、「私」は通りで粗末な格好をして寒そうにしている7歳くらいの幼い少年を見かけます。少年は、姉が病気で働けなくなったため、お金に困っているのだと「私」に訴えます。当時、通りで物乞いをする子どもはたくさんいました。しかし少年の口調はいかにも不慣れでぎこちなく、この「商売」を始めてまだ間もないことがわかります。「私」はこの少年のような物乞いについて思いをめぐらせます――子どもたちは厳寒の中へ送り出され、ほどこしをもらえずに帰ると大人たちに殴られます。家で待つのは酔っ払いの大酒飲みの男たちと、お腹をすかせて泣く乳飲み子を抱えた女たちで、たとえ運良く小銭をめぐんでもらったとしても、今度は居酒屋にお酒を買いに行かされます。大人たちの悪ふざけで口にウオッカを流し込まれ、気を失って倒れることもあります。子どもたちは少し成長するとどこかの工場に働きに出されますが、工場の賃金は大人たちに巻き上げられ、酒代に消えてしまいます。乱暴な大人たちから逃れようとしながらも、こうした子どもたちはやがて罪の自覚もないまま、盗みを覚えていきます。神様の存在さえ知らない“野蛮な生き物”へと育つのです。

 もともとロシアには「正教会暦の祝日」を描いた作品はあっても、特別な「クリスマス物語」というジャンルは存在していませんでした。1940年代にイギリスの文豪チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』が翻訳されたことをきっかけに、ロシアでも「クリスマス物語」が書かれるようになります。ハッピーエンドに終わることも多い「クリスマス物語」ですが、ドストエフスキーの作品では罪のない貧しい子どもたちが救われないまま、やがては自身も野卑で低俗な大人へ成長していくさまが描かれており、出口のない「社会の負の連鎖」をも感じさせ、暗澹たる気持ちを呼び起こします。

(文:小林 淳子)

PAGE TOP