NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

『ばかのイワーヌシカのこと』

Про Иванушку-Дурачка (1918)
M. ゴーリキイ М. Горький (1868-1936)
(2021年6月号掲載)

ばかのイワーヌシカのこと
『ばかのイワーヌシカのこと』

 あるところに、「ばかのイワーヌシカ」がおりました。イワーヌシカは、ある家に雇われ、雇い主夫妻が町へ出かけている間、その子どもたちの世話をすることになります。夫のほうは「子どもたちが森へ走って行かないように、扉をよく見張っておくように」、妻のほうは「じゃがいも入りのスープを作って子どもたちに食べさせるように」と言い残します。さっそくスープ作りに取りかかったイワーヌシカが「(じゃがいもを)粉みじんだ!」と言うと、子どもたちは驚いて家から走って逃げてしまいます。

 「子どもたちが森へ走って行かないように」するには「扉を見張れ」という約束を守るため、イワーヌシカは扉を蝶つがいから外して肩にかついで、子どもたちを探しに森へ出かけます。道すがら雄熊に出会ったイワーヌシカは、巣穴に連れて行かれ、扉を捨てるように雄熊に言われますが「扉を見張れという約束は最後まで守る」と答えます。馬鹿正直なイワーヌシカは、やがて熊の家族と仲良くなり、雄熊の手助けによって子どもたちを見つけ出します。イワーヌシカが家に戻ってみると、すでに雇い主夫妻は町から戻っており、言いつけを守れなかったイワーヌシカを問い詰めます。その時、雄熊が(イワーヌシカが置いていった)“約束の扉”を届けにやって来ます。村中の人々は雄熊をおそれて、道を空けてやるのでした。

 この『ばかのイワーヌシカのこと』は、『どん底』などの作品で日本でもよく知られているM.ゴーリキイが書いた創作民話です。ゴーリキイは、大人向けの作家としてだけではなくロシア革命後の新しい「ソ連児童文学」の創始者の一人としても活躍しました。子どもの情操教育にとって昔話が重要だと考えていたゴーリキイは、この物語で伝統的な昔話の手法を用いながら、こっけいなやり方ではあっても一度した約束は最後まで守るイワーヌシカの姿から、倫理観や道徳観を伝えようとしたのではないでしょうか。また、「お前はなんてばかなんだ!」と言う雄熊に、イワーヌシカは「じゃあお前さんは賢いのかい?」と聞き返します。さらに「お前さんは悪党かい?」と問いかけ、最終的に「おらが思うに、悪党は、ばかなんだ。ってこたあ、おらもお前さんも、ばかじゃないってことさ!」と結論づける会話からは、「賢さとは何か」という哲学的なテーマに対するゴーリキイの考えがうかがえます。

(文:小林 淳子)

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