NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

『ジャックの建てた家』

Дом, который построил Джек (1923)
S. Y. マルシャーク С. Я. Маршак (1887-1964)
(2021年7月号掲載)

ジャックの建てた家
『ジャックの建てた家』

 戯曲『森は生きている(原題『12か月Двенадцать месяцев)』で日本でも有名なS. Y. マルシャークは1887年、ロシアのヴォロネジ市に生まれました。幼い頃から文学的才能を発揮し、1912年にロンドン大学に留学、シェークスピアの作品やイギリスの民話詩にふれたマルシャークは、第一次世界大戦の始まる直前の1914年にロシアに戻ります。今回ご紹介する『ジャックの建てた家』は、イギリスの子どもの民話詩をマルシャーク自身がロシア語に翻訳したものです。

ほら、これがジャックの建てた家
これはジャックの建てた家の暗い物置にしまってある小麦
これはジャックの建てた家の暗い物置にしまってある小麦をしょっちゅう盗みぐいする陽気な小鳥のシジュウカラ
(以下略)

 この詩の続きでは、新しい登場人物が次々に現れます。小鳥のシジュウカラを脅かしてつかまえる猫、その猫のえり首をひっぱる尻尾のない犬、その犬をけりあげる角のない雌牛、その雌牛の乳をしぼる白髪のいかめしいおばあさん……。フレーズごとに新しい登場人物が現れてこれまでの文章につけ加えられていきます。ロシアの民話でしばしば見られる「累積昔話(同じ行為が増大もしくは減少する形で何度も繰り返され、累積されていく)」と似た系統のものと言えるでしょう。前述の訳のように日本語では修飾文は前に置きますが、ロシア語の語順では英語の原詩と同様に各フレーズの文末に「ジャックの建てた家」という言葉が繰り返されます。いずれにしても、思わず笑いだしてしまうようなナンセンスさがあります。

 マルシャークはシェークスピアをはじめとするイギリス文学の翻訳者としても知られていますが、第一次世界大戦後は被災した子どもたちを救援する仕事につき、それをきっかけに本格的に児童文学の仕事に取り組むようになります。最初はソ連児童文学創立者の一人で文豪のM. ゴーリキーの右腕として、やがては自身がソ連児童文学界の重鎮として、多くの児童文学作品を残しました。その作風は簡潔で軽妙。そのうえでイギリス文学風のナンセンスの影響なのでしょうか、どこか洒落た雰囲気をもっています。

(文:小林 淳子)

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